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Fig インタビュー

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#4

Kae

Dancer

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Kae プロフィール

2000年アメリカ留学中にベリーダンスと出会い、帰国後独学で学び始める。 2005年Rachel Briceと出会い彼女のスタイルのルーツとなったATS(アメリカントライバルスタイル)に関心を持つ。 2007年独学に限界を感じたことから渡米。FatChanceBellyDance (FCBD)で ATSの創始者Carolena Nericcioに師事し本格的にトライバルベリーダンスを学びはじめる。 2009年6月師匠Carolena Nericcioの熱いラブコールを受け、 日本人初(インターナショナル生初)の快挙、 FCBDオフィシャルプリンシパルダンサーとなり、 北カリフォルニアを中心に活動を始める。
URL: http://kaetribalbellydance.com/

Fig:こんにちは!今日は宜しくお願い致します。まずはカエさんの出身から教えてください

Kae ▼生まれたのは三重県松阪市ですが、
育ったのは静岡県の浜松市です。
その後関東にある中高一貫の全寮制の一風変わった(?!)学校に通ったんですが、今考えるとそれがきっかけでややワイルドになったきがします(笑) 短大を卒業した後エアロビクスにはまり、本格的にインストラクターの仕事をやっていました。イントラ歴は10年です。

Fig:えー!始めはエアロビのインストラクターだったんですか?

▼何を隠そうシャキーラを見て知ったんです。
エアロビのインストラクターをお休みし、1999年終わりからアメリカに語学留学していた時テレビで初めて見たシャキーラがベリーダンスを踊りながら歌っていて...その踊りの中で最も度肝を抜かれたのが「マヤ」という動きでした。
エアロビのインストラクターをやっていたのでそれなりに色々な動きは知っていたつもりだったんんですが「マヤ」をみた時には「なんだこの動きは~!!」と衝撃を受けて(笑)これを絶対に日本に持って帰って広めなければいけない!と思ったのがきっかけ。

Fig:でもそれはあくまでエアロビの為に?<

▼そう、別にベリーダンスをやろうというわけではなく、あくまでエアロビの動きに入れようと思って。
でもその当時( 2000年)って、まだ日本ではベリーダンスは今程流行っていなかったし、インターネットで検索しても確か5件くらいしか出てこなかったのを覚えています。
仕方ないのでアメリカからビデオを取り寄せて独学をはじめました。
そしてエアロビのインストラクターとして復活した時に、それまでやっていた「ラテンエアロ」のクラスの中にベリーダンスの動きをどんどん取り入れて「ベリーミックス」という講座をやったらとても流行ったんです。
本格的にベリーダンスのレッスンを始めたのは、確か2003年頃。
静岡で海老原美代子先生がお教室を開いたので毎月2回 1年間通いました。
(そう、最初はオリエンタルスタイルからスタートしたんです。)
トライバルを知ったのは独学用に海外から色々買っていたベリーダンスのビデオの中でレイチェル・ブライスのパフォーマンスに出会った時です。(確か2003年頃。)
その力強いアイソレーションと人間で無いような不思議な動きに強い衝撃を受け、私もトライバルをやりたいと思いました。

Fig:なんだか凄い展開ですね(笑)

▼そうですね。民族舞踊、エアロビ、そしてシャキーラからレイチェルですもんね。
で、確か2005年か2006年にレイチェルが初来日した時のWSを受講し、その時にレイチェルが「トライバルのルーツFatChanceのATS」と言っていて、「じゃぁレイチェルのようになるにはFatchanceにいかなきゃ!」って思ったんです。でも経済的にもそう簡単に行ける状態ではなかったので、とりあえず貯金をしつつ、そのWSで学んだ事をびっしり書いたノートを元にフュージョンの独学を続けました。 独学をはじめ2年くらいたち独学に限界を感じ始めた時に、今の旦那(アメリカ人)と運命的な(ふふふ)出会いをして結婚し、「日本に居たい」という旦那をなんとか説き伏せ、2年だけという約束で全く知り合いのいないSFに二人で一緒に引っ越すことになりました。2年だけのはずが、今年で5年目になりましたけど(笑) 今では日本に居たいと言っていた旦那も現在の仕事が面白いらしくSFを離れたくないみたいです(笑) 私は逆に帰りたいと思う事があるんですけどね

Fig:そんな憧れの地、サンフランシスコに来た時の生活はどんな感じだったんですか?

▼ひたすらレッスンを受けていました。 FatChanceでは火、金、土にレベル1と2のクラスがあるので、それに毎回参加。レベル3に昇格(?)したら更に木曜日が追加されたので、ほぼ毎日スタジオへ通いました。ただ食べるためには働かなければいけなかったので、同時に歯医者で働いてもいました。 SFへ引っ越した当初は、日常会話程度の英語力しかなく、専門用語満載の歯医者さんでの仕事は本当にキツくて、半年くらいは毎日泣いてましたね。半年くらいしてやっと顔をあげれるようになり、1年くらいしたらやっと周りが見えるようになったって感じです。今思うとあの時が一番大変だったと思う。「せっかくサンフランシスコに来たんだから」とオリエンタルスタイルやフュージョンの レッスンなども行っていたけど仕事もあったので最終的にはFatChanceだけに絞りました

Fig:ではそのFatChanceで学んでいるATS(アメリカントライバルスタイル)の魅力って何ですか?

▼うーん。。。。何だろう (しばし考える) グループで踊る醍醐味かな、しかも即興で。 みんなで一体となって踊るのがとても楽しい。ソロとは違って色々と守るべきルールがあって面倒だとも思うかもしれないけど、 そのルールを守った中での自由や、仲間と息がぴったり合った時の感激は今までに味わった事のないものでしたね。 ATSって意外と誰でも踊れちゃう万人の踊りなので、 最初の基本姿勢が大変なだけで、ATSやって身体を痛めるっていう事も無いから長く続けていけるっていうのも魅力の一つです。年齢問わない感じかな〜。

Fig:確かに!私今回初めてサンフランシスコでATSのレッスン受けたんですが年齢問わずやっている人が多いのにびっくりしました。

▼そう、年齢、体型問いません。
そして、ATSって他のスタイルのベリーダンスにない強さがある気がします。
きっと基本姿勢がそう感じさせるのかもしれないけど、コスチュームも露出度が低く、 女性のセクシーさよりも、大地のような強さやカッコよさを強調したスタイルだと思いますね。
更に言うと、観客に見せるための踊りというよりもダンサー同士がコミュニケーションを取りながら楽しむ踊りという部分も独特で、初めて見た時の踊りの印象がとても暖かく、強く感動したのを覚えています。
ダンサー同士が常に笑顔で目で会話をしながら楽しそうに踊っていて、それを見た時に「私もこの中で踊りたい、仲間に入りたい」って思いました。
今になってみるとその独特な感じって「アイコンタクトでキューを見逃さないようにしているから」っていうのが分かったんだけど、それがATSにしかない雰囲気になっているんだと思う。

Fig:そのATSのルーツを教えてください。

▼ATSはFatchanceの創始者であるキャロリーナから始まります。
そのキャロリーナの先生はマーシャ・アーチャーという方で、マーシャ・アーチャーはジャミーラ・サリンポー(スヘイラ・サリンポーの母親)の生徒だったといいます。
当時ジャミーラ・サリンポーがやっていた事ってのも凄い事だったそうで、多分それがトライバルのルーツになるんだろうけど、実はジャミーラは本当の現地の(北アフリカ、中近東)の人たちがやっているフォークロアな踊りを詳しく知っていたわけではなかったらしく、自分の中でのオリエンタルダンスのイメージを形にして表現していたんだそうです。
とにかくそれが皆に凄い影響を与えたんですよ。
因みにジョンコンプトン(ハビル)などアメリカのベリーダンスの火付け役はみんなジャミーラと彼女のトゥループ「バッラナート」だと聞きます。
マーシャ・アーチャーは現在は踊りはやっておらずジュエリーデザイナーをやっているそうなんだけど、兎に角アーティスティックな人だったらしく、ジャミーラが作り上げたものに更にフラメンコなどの力強い上半身の姿勢などに影響を受けて、肘を上げ胸を張ったパワフルな基本姿勢を作り上げそれをキャロリーナが受け継ぎました。
ジャミーラと彼女のトゥループ「バッラナート」のステージの特徴はコーラスがあって、次々とそこからダンサーが出て来て踊るというスタイルだったそうですが、キャロリーナはそこにマーシャ・アーチャーのパワフルな基本姿勢を取り入れ「アメリカントライバルスタイル(ATS)」と名付けてやりはじめましたんです。
またキャロリーナが刺青を沢山入れており、またその頃はATSが非常に珍しかったためサンフランシスコの若いアンダーグランドの人たちに受け入れられ、どんどん生徒が増えたということです。
キャロリーナがファットチャンス(FCBD)を立ち上げてから25年が経ちます。
25年前と同じコアの部分を守りながらも、少しずつ進化し続けるATSは奥が深くてとても興味深い踊りです。

Fig:もしベリーダンスに出会ってなかったら?

▼想像できない~~(笑)

Fig:ATSはこれから日本でも流行ると思いますか?

▼日本でもATSに興味がある人はどんどん増えている気はします。
毎年2回、春と秋に開催させてもらっている私のATSワークショップへ足を運んでくれる皆さんを見ていると、とても上達が早いという事にも毎回感動をしています。
ATSに限らずベリーダンスが流行っているのはとても嬉しいですね。
ただ、私としては長く深く学びたいと思ってくれる人が増えるともっと嬉しいなと思います。
流行は何か新しい事を始めるきっかけになるので、流行っているから何かを始めたってもちろん良いのですが、流行が去ったその後に何が残って行くのか..それを見るのが楽しみでもあります。
(ATSに関しては、流行後に良いコミュニティーが残ってくれると嬉しいな?...)
ATSは続けていくのがある意味難しい踊りだとも思います。
各ステップやルールを学ぶのはわりと簡単で、言ってみれば誰でも意外と簡単に踊れるようになる踊りなんだけど、そこから先が大変。
長く続けていくには一緒に練習をするクラスメートやダンスメートとのコミュニケーションや人間関係が重要なカギになります。
様々な個性や価値観の違いがある人同士がサポートし合って呼吸を合わせて踊っていくので、常に積極的でありながら受け身にもなれるような柔軟な姿勢を養うこと、 そして何か問題にぶつかった時にはポジティブにディスカッションできる人間関係を築いていく事が大切になります。

Fig:では普段の練習方法、練習量はどうですか?

▼SFには沢山のダンスクラスがあります。
現在はFatchanceだけではなく色々なクラスを受けるようにしています。
例えば今はまっているのは、オリエンタルだったらサンドラやアドリアナというサウスベイを中心にレッスンをしている先生のクラス、この夏からスタートしたミリアム・ペレツのペルシアンダンス、そしてスヘイラフォーマットのレッスンにも復帰をしました。
それぞれの先生からは、踊りだけではなく教え方なども学べてとても勉強になります。
ファットチャンスの他のメンバーたちもヨガをやったり、ジャズダンスをしたり、みんなそれぞれトレーニングをしています。
「毎日家でどんなトレーニングをしていますか」と私も頻繁に聞かれるし、私もそれを他の有名ダンサーたちに聞いてみたい。
私は....内緒です。というのは冗談。
気がついた時に軽いストレッチをするようにしている程度です。

Fig:では教える時に気を付けている事は?

▼私にとって教える仕事は最大の学びの場。
とても大切に思っています。そしてアートだと感じる事も多々ある。
褒めたり励ましたりするのとアドバイスするのをバランス良く使いながら、その人のやる気が増すように願って教えています。
正しい情報を正しく伝える事にも気を使っていて、常に自分が生徒さんたちにとって良いサンプル(模範)になるように気を付けています。
人に言ったからには自分もやらなければというのもありますね。

Fig:SFのベリーダンス事情を教えてください

▼オリエンタル、トライバルフージョン、サンバフュージョン、サーカスフュージョン、なんでもありますよ。素晴らしいダンスアーティストが多くいてジャンルを問わず良い刺激を受ける事が出来ます。

Fig:こっち(サンフランシスコ)はレッスン料が安いですがどうやって食べているんですか?

▼パフォーマンスだけではやっていけないし、教えるのもこっちの人は来たり来なかったり...(夏はバケーションでいなくなっちゃうとかし大変。
だから多くのダンサーたちは他の仕事と掛け持ちしてやっていますよ。
レイチェル・ブライスとかキャミ・リドルのような大物ダンサーたちは世界中から招待されてショーやパフォーマンスをしているので、多分他の仕事との掛け持ちは不可能だと思いますが..(いいな)
私レベルでは大変です。踊りだけでやっていくのはここSFでは厳しいです。

Fig:それでは日本のダンサーの方に一言

▼まず今回の東京(そして京都、浜松)で私のワークショップに参加してくださる方々に心から感謝です。
そしてこれまで陰で日向で私を暖かく応援して来てくれたみなさんにも本当にありがとうを伝えたい。
まだまだ未熟な点の多い私ですが、日本のベリーダンスファンの皆さんが心から楽しんでこの踊りを続けてくれるよう、そしてベリーダンスを通して暖かなコミュニティーを築いて行ってくれるよう応援/協力できたらと思っています!!
そして、夢を持っているダンサーのみんなには「一緒に諦めずに頑張ろうね!」って言いたいな。
高校の時の先生がね、言ってたの。
「夢があるんだったらそれをいつも忘れないようにいつもいつも考え続けていなさい。そうしたら不思議なんだけど周りからその夢をかなえてくれるんだよ」て。
「え!考えているだけで叶うなんてそんな楽なことないじゃん」と正直思ったんだけど...
最近本当かもって実感しています。
だって「まずファットチャンスで勉強したい、ファットチャンスにど?っぷり浸かりたい」ってそのことをずーっと思っていたら、SFへ引っ越せる事になったし、ファットチャンスのオフィスでの仕事も始めた..
そして「いつかキャロリーナやファットチャンスの先生たちと一緒に踊りたい」って思い続けてたら今こうしてファットチャンスのトゥループに入って念願のみんなと同じ舞台で踊れる訳で、、、、。
なので夢があるなら忘れないで、ずっとその事を思い続けて欲しい。
だって思ってるだけで叶っちゃうかもしれないんです、現に私の夢はこうして叶ってきているからね(笑)

Fig:今日はお忙しい中有難うございました!日本でのショーとワークショップ楽しみにしていますね!

▼有難うございます。私も日本で皆さんにお会いできること楽しみにしています!

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