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Fig インタビュー

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#5

若山ゆりこ

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若山ゆりこ プロフィール

北海道出身、世田谷区在住。水瓶座、B型。 明治学院大学仏文科、セツ・モードセミナー卒。 大学卒業後、音楽ソフト販売店WAVEでバイヤーとして働く。 96年に退職し、ヨーロッパ〜中近東〜アジアと旅をし、 98年に帰国。 99年テレビ雑誌「TVbros.」での連載を皮切りに、イラストレーターとして活動をはじめる。 03年にベリーダンスと出会って以来、インド〜オリエントの音楽やダンス、ファッションや女性文化などに、特に強く惹きつけられるようになる。 現在も定期的に旅をし、またベリーダンスの修行も平行しながら、「エキゾでカワイイ」をテーマにイラストやエッセイを発表している
URL: http://www.umiyuri.com/

Fig:(今回発売される『スウィート・モロッコ』(辰巳出版)の冒頭ページの)”はじめに”を読んだのですが、初めての海外旅行がモロッコだったんですね。

若山ゆりこ ▼そうなんですよ。

Fig:それはおいくつのときだったんですか?

▼21歳の頃です。個人旅行ではなく、私は大学でフランス文学を専攻していて、巖谷國士(いわや くにお)先生のゼミだったんです。巖谷先生は毎年、ゼミ生のために文学案内の旅を企画していて、私は大学3年の時にそのツアーに参加したんです。それが初めての海外で、最初に行ったところがなぜかモロッコだった(笑)。モロッコの後にはヨーロッパにも行ったのですが、初めて訪れた国だったモロッコに一番衝撃を受けました。

Fig:ベリーダンスを始めた後で(※1)中東を旅行し始めたのかと思っていたのですが、違うんですね。

▼ええ、以前から旅が好きで、ゼミ旅行で初めて旅に出て、卒業してからはWAVEというCDショップで働き始めたんですよ。そこでサラーム(※2)と会ったんです。

Fig:え?そのときサラームさんは何を・・・?

▼一緒に働いていたの。

Fig:あ、そうなんですか?じゃあ、長いんですね。

▼長いんです、歴史が(笑)。WAVEで6年働いたのですが、そこを辞めて2人で2年ほど旅行しました。その時にまたモロッコを2ヶ月まわって。ヨーロッパから始めて、中東に行って、アジアに行って、いわゆるバックパック旅行をしたんです。日本に帰ってきてから、サラームはフリーで音楽ライターを始めて、私もイラストの仕事を始めました。
ベリーダンスに関しては会社員の頃に現地で見たことはあったけれど、その時はあまり良いダンサーを見れなかったので、あまり良い印象が残っていないんです。

Fig:イラストレーターとしてのキャリアが始まったのは、その旅行の後から??

▼そう、旅行の後に。絵は好きだったけど、芸術大学に行っていたわけじゃなかったので、仕事にはできないなと思っていました。でも、旅行をしていると、いろんな生き方をしている人にいっぱい会うじゃないですか。「あ、なんだ、こういうのもありなんだ」と思って。じゃあ、私も好きなことをやってみよう、と。旅から戻ってから、イラストの学校セツ・モードセミナーに行き始めたんです。昼にアルバイトしながら、夜だけ2年学校に行って、そのあたりからちょこちょこと描くようになった感じですね。

Fig:そうなんですね−。あ、生い立ちを聞くのを忘れてました。

▼生い立ち。もうけっこう言ったような(笑)。北海道の釧路市出身。

Fig:北海道の思い出ってありますか?

▼北海道の思い出…うーん、思い出は、自然がいっぱいというか。キャンプしたりとか。自然に近いところにいました

Fig:大学で東京のほうに出てきたんですか?

▼そう。大学に入学して東京に出てきて。大学を受けるときに絵の学校に行こうか、文学部に行こうか迷いました。でも何よりもまずは東京に行きたかったので、絵は無理だろうと思って、文学部ばかり幾つもの東京の大学を受けて、明治学院大学のフランス文学科に入ったんです。そこで、巖谷先生をはじめ、沢山の面白い人に会いました。巖谷先生はシュルレアリズムの第一人者で、旅行の本も何冊も出していました。授業が終わった後、旅の話をしてくれて、変わったレストランなどにちょこちょこ連れていってくれたんです。そこで旅や現地の料理に興味を持つようになりました。

Fig:その先生との出会いは大きかったんですねー。

▼はい。巖谷先生から文学や旅の話を教わったんですよ。

Fig:じゃぁ、ずっと好きだった文学と旅とイラストが、その時すごいいい感じにまざって……。

▼そうそう。でも、それだけではまだ自分の中で何かが足りない感じがしていたけど、その後にベリーダンスに出会って、全てが上手く固まったって感じがすごくありました。ベリーダンスとの出会いも大きかったです。2004年かな。

Fig:それは何が出会いだったんですか?

▼その頃はヨガを3年ほどやってたんですよ。でも、もっと身体を使う事がやりたくて、次はダンスをやりたい、「踊りたい!」と思ったんです。でも、ダンスの世界は、女子ノリで、体育会系と勝手に思っていました。私は全然体育会系じゃないからダメかなあと。そう思っていた矢先に、サラームが働いているエル・スール・レコーズの新年会に行ったんです。そこにKahinaが来ていて、彼女と意気投合して「じゃあ、一度来てみたらどうですか?」と誘われたんです。
ベリーダンスには「妖艶」というか、「女の色気むんむん」みたいな先入観があったんです。たまたま前に見ていたのがそんな感じだったので「これは私にはできないな」と勝手に思っていました。でも、Kahinaと会うと、彼女はとてもさっぱりした人、「こういう人がいるところなら行ってみよう」と思い、彼女が所属していたMishaalの教室に行き始めたんです。でも、やっぱり最初は衝撃でした。「女神のポーズ」とかさせられるじゃないですか? 「なんじゃこりゃー!(笑)」みたいな感じで。「私にはできません!(笑)」みたいな。恥ずかしくて、最初は帰りたくて。その時は友達と2人で行ったのですが、私一人だったら、たぶんその後行かなくなっていたと思います。友達が「もうちょっと行こうよ」と言うので、1ヶ月分お金を払って通い始めました。でも、その友達はすぐに辞めてしまって、なぜか私だけが行き続けるようになったんです。

Fig:なぜ続いたのでしょうか?

▼なんで続いたのでしょうね? その頃、サラームがTANiSHQに誘われて「ORIENT EXPRESS」というDJパーティーを始めたんです。そこにはベリーダンス周辺の人が来ていて、TANiSHQとも仲良くなりました。だから私はベリーダンスを続けられたのでしょうね。
先生のMishaalが出産でバリ島に行ってしまったので、その間は当時のSamanyoluのメンバーが代行講師として日本語で教えてくれたので、基礎的なことを日本語で習えたのも良かったのでしょうね。基礎を習い終わった頃にMishaalが帰ってきたんです。それからはMishaalに直接学んで、だんだんハマっていった感じですね。

Fig:旅行の話に戻りますが、2年間の長期旅行の後も定期的に旅行には出ていたんですか?

▼98年に戻ってきて、そのあと2、3年くらいは小さな旅行だけしてました。そして2001年の年末にインドに行ったんですよ。それが「第二の旅」のきっかけとなりました。その時の経験を元にサラームは『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』(河出書房新社)を書いたんです。それまであまりインド音楽には興味なかったんですけど、2001年夏に東京でザキール・フセインというインドを代表するタブラ奏者の演奏を聴いて、「インド音楽ってすごい?」と思い、現地で生の演奏を聴くためにインド通いが始まったんです。

Fig:それは、歌って踊ってのポップスですか? それとも古典音楽ですか?

▼古典音楽ですね。最初は南インドの古典音楽祭に二年連続で行きました。それからゴアやムンバイや、北インドではラージャスターン州やグジャラート州などに行っています

Fig:インド以外の国は?

▼余裕があれば、夏になる度に中東に行きました。その辺はサラームの新しい本『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)に詳しく書いてあります。インドという一つの軸と中東というもう一つの軸があり、その二つの軸を中心に旅行に行くようになった。お金をすべてつぎ込みましたね(笑)。

Fig:一番好きな国はインドですか?

▼前も似たようなことを聞かれて考えたのは、「住むならイスタンブール、旅をするならインド、家を建てるならモロッコ風」かな(笑)。やっぱりその3つがすごく好きだったんですよ。全部違う魅力があります。

Fig:旅行中に現地の人と友達になって、おうちに遊びに行ったりもするのですか?

▼現地に住んでいる日本人の家に行くことは多いですね。サラームは音楽家を取材に行くのが仕事なので、行く前から何人かにアポイントメントを取るんです。なので、取材先の音楽家の家に行くことも多いです。取材がきっかけとなって、仲良くなり、その国に行く度に必ず行く場所や家もあります。

Fig:サラームさんとはいつも一緒なんですか?

▼うん。たいてい一緒なんですよ。

Fig:喧嘩とかしないんですか?

▼それはしょっちゅう。喧嘩はほんとうにもう、しょっちゅうしますよ(笑)でも、旅は2人のほうが楽なことが多い。レストランに行くにしても、外出するにしても。2人のほうがラクですよ。

Fig:趣味とか、好きなものとか、おもしろいと思えるものが一緒だからでしょうね?

▼インドではやっぱり日本食が食べたくなります。毎日インド料理は…。サブウェイやマクドナルドなどにもたまには行ってなごまないと(笑)。

Fig:先ほど、住むならイスタンブール、旅行するならインドと言っていましたが、日本食が食べたいみたいな、ホームシックになったりはしないのですか?

▼ンドではやっぱり日本食が食べたくなります。毎日インド料理は…。サブウェイやマクドナルドなどにもたまには行ってなごまないと(笑)。

Fig:イスタンブールではどうですか?

▼イスタンブールは全く問題ないです。ずーっとトルコ料理だけでもいける。イワシのフライなど、日本人の口にも合う料理が沢山あるんです。街もすごく歩きやすいし、深夜以外は、日本人の女性がひとりで歩いていても大丈夫だし、ひとりで入れるお店も多い。だからやっぱり住むならイスタンブールだなと思います。

Fig:モロッコは、女性がひとりで行っても問題はありませんか?

▼モロッコは危ないと言うより、ものすごくうざいと思う(笑)。男の人たちが寄ってきて、

Fig:そうなんだ(笑)。

▼それにフランス語ができないとちょっと大変かも。アラビア語とフランス語が公用語で、英語を話せる人がそんなにいない。それでも最近は増えてきているけど、ちょっと前までは英語が話せるのは観光ズレした人でした。

Fig:スレているんですね。

▼観光地だから仕方ないですね。フランス語なら一般人と話す機会はあるけど、英語だけだと難しい。なので旅のイメージが全然違うものになると思います。インドでもトルコでも、旅行者が多い町や地区にはうざい人がいますが、モロッコはそれが至る所にいる(笑)。イスタンブールでは、スルタンアフメット地区に近寄らなければそういう人たちには会わないですから。

Fig:注意することはありますか?

▼モロッコの音楽フェスティバルに二度行ったのですが、ステージ前などの人混みは注意です。しっかり荷物をガードして、近寄らない方がいいです。どこの国でも同じですけど。モロッコの女の人もそんな場所には近寄らず、女同士でかたまって後ろの方にいます。現地では男の社会と女の社会がすごく分かれているけれど、私のような外国人は男社会に入れられてしまって、何処にでも行ける利点はありますが、油断すると、痴漢に遭ったりするんです(笑)。

Fig:モロッコには何回くらい行っているんですか?

▼何回行ったかな…5回です。一番長かったのがバックパッカーの時代に行った2ヶ月。最近では三週間。本を書きたいと思ったから、モロッコを一周回りましたが、普段の旅ではあまり周遊はしないんです。まずはマラケシュ、そしてグナワ・フェスティバルのあるエッサウィラに行くだけです。私はそんなにアクティブな旅行者じゃないので(笑)。

Fig:この本を書こうと思ったきっかけや構想期間はどれくらいだったんですか?

▼最初にインドの本『ガールズ・インディア』(河出書房新社)を出した頃から、次はイスタンブール、そしてモロッコと思っていたんです。

Fig:お話に出てきた3つですね。

▼そうです。二冊目は2010年にイスタンブールの本『はじめてのイスタンブール』(P-VINEブックス)を出して、それからモロッコの本を書くために2010年の終わりにモロッコに行きました。

Fig:どれくらいの期間をかけて制作したのですか?

▼今回はすっごく時間かかりました。というのも、2011年1月にモロッコからエジプトに渡ったんです。そこでエジプト革命に遭遇してしまい、2月頭に大変な思いをして日本に帰ってきました。そこで革命によるショックが自分の中でとても大きく残ってしまいました。その後もすぐに3月11日の東日本大震災が来て、自分の中で、モロッコがどっか行っちゃったんですよ、その瞬間に。なので『スウィート・モロッコ』(辰巳出版)は制作開始から完成まで一年、これまでの本の二倍の時間がかかりました。

Fig:写真で見ると、おしゃれですよね、モロッコって。

▼ほんとインテリアのセンスはすごく独特だし、おしゃれです。ヨーロッパのセンスも入ってる。他のアラブ人の国、エジプトに行ってもドバイに行っても、わざわざモロッコ風に作っているオシャレな店があります。モロッコのインテリアはすごくレベルが高いと思います。
そのほか、マラケシュのメディナには魔女みたいに見える女性を見かけるんです。モロッコはイスラム教の国ですが、それより前の古い土着の信仰が残っていて、薬局に行くと呪術の道具がおいてあるんですよ。動物の皮やミイラ、変なお香など。女性同士が集まって音楽に合わせて頭を振ってZar(※3)のような儀式を行い、トランス状態に入っちゃったりとか。そういうイスラム以前の儀式が今も残っていて、そこで演奏する女性ミュージシャンは黒人系が多いんだけど、赤黒い口紅を塗って、めちゃくちゃかっこいいというか、迫力がすごい。音楽もトランシーで独特。すごくワイルドで土くさい。

Fig:まわりの国、チュニジアなどとは音楽が違うんですか?

▼チュニジアはもうちょっとまろやか。アルジェリアも似たようなのがあるけれど、もっとメロディーがはっきりしている。「リズムのモロッコ、メロディーのアルジェリア」と言われているらしいんです。モロッコはやっぱりリズムが多彩。だから、ちょっと妖しい部分、魔術的な部分が残っていると思うんです。そのおかげで、古くから西洋人の芸術家たちがモロッコを訪れ、影響されてきたんじゃないかな。美しいだけじゃなくて、ブラックな部分もある。そこに惹かれるんだけど、それは私のような外国人にはなかなか入れない所にある。容易に深入りしたら、帰ってこれなくなりそう。でも、その妖しい香りが街を歩いていても、なんとなく感じられる。

Fig:ゆりこさんにとって、モロッコの一番の魅力とは?

▼まずはインテリアや建築。モロッコの中庭がすっごい好きです。でも、だんだん音楽を聴くようになって、女性のトランス音楽がまだちゃんと生きているところにすごく惹かれる。なかなか女性が表に出てこないから、私にも分からない部分も多いけれど、たまたま何回か女性が演奏する音楽を聴く機会があった。女性だけの場所で、女性だけが演奏する音楽に合わせて、女性が踊る。それがすごくかっこいい。

Fig:ベリーダンサーにおすすめできるモロッコの魅力とは何でしょうか?

▼インテリアや小物、アクセサリーにはベリーダンスにも使える物がいっぱいあると思う。それにアラビックなインテリア。家の中をアラブ風にしたいならモロッコで片っ端から買うなんてどうでしょうか? 皮クッションやお盆、ミントティーのポット、アラビックな雰囲気を盛り上げる小物もおすすめです。

Fig:では、最後に今年のご予定は?

▼私のイラストを使った商品がいくつかあります。(株)キャメルウォークからベリーダンスのレッスンノートやマグカップを販売しています。今後は自分のオリジナル商品も作っていこうと思っています。

Fig:今日は長い時間、ありがとうございました!

▼いえいえ。ありがとうございました!

***
※1 ゆりこさんはDevadasi所属のベリーダンサーでもある。
※2 ゆりこさんの旦那さまで、よろずエキゾ風物ライター/DJのサラーム海上さん。
※3 Zar:ザール。悪霊や災いを払うための儀式。アユーブと呼ばれる2拍子のリズムに合わせて、身体や頭を揺らしていき、トランス状態に入っていく。ベリーダンスでは、パフォーマンスのひとつとして、踊りのなかで入れられることも多い。

インタビュー後記

私がベリーダンスを始めたときの先輩の一人がゆりこさんでした。
そのときは緊張して、あまりお話することができずにいましたが、
今回、インタビューをすることになり、その人となりを知ることができて、
とても嬉しく、有意義な時間でした。
インタビューも、終始、笑いが絶えず、ボリュームの都合で、ここには書けなかったたくさんのおもしろい話や、
モロッコの音楽のご紹介ができないことが悔しいくらいです。
お話をお伺いして思ったのは、いろいろな出来事や人が、おもしろいように絡まって、
今のゆりこさんがあるということ。こうなるべくして、なった人なのだと思いました。
また、ご夫婦の仲がとてもよくて、うらやましく思いました。
今回、3日後に旅行出発を控えたお忙しい時期に、インタビューをご快諾いただき、本当にありがとうございました。
また、お話をお伺いできる機会があることを楽しみにしています。今後のさらなるご活躍を心から期待しています。

担当:前田麻美(2012年2月27日)

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